2013年10月

所作

随分前から、特にここ数年、気になる事があります。

道を歩いている時、何気なく歩いている人達を目に写しているのですが、綺麗に歩けていない人が増えた気がします。

綺麗、というのはモデル歩き、とかダンサーっぽいとかいう意味ではなく、機能的に身体が働いているかどうかの一点です。

 

特に若い子達の姿勢の悪い事、所作にきびきび感が無い事、顔の表情にしまりがない事が気になります。

今、就職に苦労する子達も多いようですが、第一印象というのは、所作と表情と服装の清潔感だと思います。

所作というのは、練習すれば急に身に着くものではなく、小さい頃からの積み上げです。ご飯を食べる時は背筋を伸ばし、肘をつかない、とか、授業中は背中を丸めないとか、歩く時は真っすぐ前をみて歩く、とかそんな小さな習慣の積み上げ、プラス意識的に練習する事で身についていきます。

 

表情は日常生活で喜怒哀楽を顔に出す事で鍛えられます。バカ笑いをしたり、大きな声で怒鳴ったり、大泣きをしたり、悔しがったり、顔を大きく動かす事で色々な表情を出せるようになり、いざという時、緊張感のある、シュン!とした顔つきになる事が出来るようになります。

 

姿勢が良く、表情がしまっている子はやる気がある子に見えます。逆を言えば、姿勢が悪く、表情が出ない子は気力がなく、覇気がなく見えてしまうのです。たかが姿勢、たかが所作ですが、きちんとした所作、表情が身についている事が、道を切り開く為の最初の一歩になるような気がしています。

失敗する事、繰り返す事

どんな小さな事でも最初は出来ません。何回もやっては失敗する事を繰り返すうちに、だんだん出来るようになってきます。

ところが、この過程を怖がる子が増えてきました。やる前から、自分が出来るか出来ないかをはかり、出来なさそうな事はやろうとしない。

得意な出来る事は喜んでやるけど、苦手な事をさせると、泣いたり拗ねてみたり。

 

ついこの前も、出来ていない事を指摘されて、泣きだしてしまった子がいました。その子は失敗する事が悪い事だと思っていたようです。

沢山失敗をして出来るようになればいい、恥ずかしいのは失敗するから、苦手だからと言って挑戦しない事。出来るようになる為に頑張ってみない事。何度も失敗をして少しづつ出来るようになるんだよ、という話をしたら、つきものが落ちた様な顔になっていました。

 

出来ない事を、繰り返し練習して、工夫して、考えて、出来るようになった時に初めて達成感や充実感があり、力がつくと私は思います。

3才、4才の子供達はまず自分で着替え、自分で用意する事。最初は「出来ない~!」と泣いていた子達も、手を貸さないで待っていると自分で着替え出します。そのうちにどうしても自分では難しい、背中のファスナーは小さなボタンがある時だけ、やって下さいと私たちのところに来るようになります。

本当に些細な事ですが、まずは些細な事から。大きな事に挑戦する勇気を持てるのは、小さな小さな成功の積み重ねがあるからではないでしょうか?

今、大人はとっても忙しい余裕のない時間を生きていて、努力しなければ子供の時間に合わせてあげる事が難しいのが日常です。でも、子供達が成長した時に自分の脚で立つ事が出来るように、出来るだけ子供の時間に合わせて、手を出さないで待っていたいと思います。

 

そうは言っても、ついつい口は出そうになるのですが・・・・(;-_-) =3

待つ方にも良い精神鍛錬となっています(笑)

待つという事

大人の立場になり、教える立場になり、一番苦労するのが「待つ」ということです。

子供より経験値があり、先が読めるからこそ、先回りして忠告をしたり、お尻を叩いて(比喩です)先に進ませようとする。

勿論、何事も程度問題でバランスが大事なのですが、この「待つ」という行為は本当に忍耐を要求します。

 

子供ですから、ある程度の拘束力がないと、怠けてみたり、さぼってみたり、当たり前にします。また、刺激がなくても飽きてしまいます。

でも拘束力を強めすぎると指示を待つ事が習慣になったり、刺激を与え過ぎても、自分から動かなくなります。

身体も心も、その状況なり挑戦を受け入れられる時期があります。その挑戦に取り組む事が出来る強さがないまま、お尻を叩かれそこに挑むと大抵結果は悲惨です。でも、人生にはそれなりに決められた年齢があり、いつまでも待つ訳にも行きません。また、挑戦しない事にはわからない事も沢山あります。

 

子供の自発性を尊重しつつ、刺激は程良く与え、年齢と待てる期間を考慮し、時が来るまで「待つ」

永遠の課題のような気がします・・・・(;-_-) =3

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